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目覚めると、そこはいつもと同じ教団の部屋の天井だった。
「……ここは?」
ふと、いつの間にか全てが元に戻ってくれている様な気がして、
アレンは急いで飛び起きると、鏡に映る自分の姿を確認する。
「………………」
だが、ソコに映っていたのは綺麗な栗色の髪と、
綺麗な顔をした馴染みのない少年の姿だった。
「やっぱり、何も変わってないのか……」
がっくりと肩を落として顔を両手で覆うと、
拭うようもない哀しみに再び涙を零す。
長い間汽車に揺られ、昨日の夜遅く教団に帰り着いてから、
アレンは神田やロストと言葉を交わすこともなく
一人黙って部屋に戻った。
そしてそのまま倒れるようにベッドに突っ伏すと、
朝まで悪夢にでも魘されるようにして、
辛い現実と夢の狭間を彷徨い続けていたのだ。
おそらく、夕べもあの二人は一緒に夜を過ごし、
この世界に存在している神田は、以前の自分そっくりな
あの少年に、愛を語り…その愛を注ぎ込んだに違いない。
「……くっ!」
考えただけで再び胸が張り裂けそうに軋む。
アレンは唇を強く噛みしめると、薄く血が滲みだすのにも気付かぬまま、
その場に崩れ落ちた。
「……アレン! おいっ! しっかりしろ!!」
「……かん……だ……?」
どれくらい気を失っていたのだろうか。
慣れ親しんだ声に呼ばれて気を取り戻すと、
そこには自分を心配そうに様子を伺う神田の姿があった。
「おまえ、大丈夫なのか? 偉く顔色悪ぃぞ?」
そして、頬に残る涙の後と、唇にうっすらと滲む血の跡に気付く。
「具合が悪ぃなら、さっさとそう言えばいい。
夕べは挨拶もなしにさっさと部屋に引っ込んじまったから、
気になってきてみりゃ、このザマだ。
言いたいことがあるならハッキリ言え!」
そう叱りつける神田に、アレンは堪らずにこう告げる。
「本当に……言っちゃっていいんですか?」
「……?……」
「僕はっ! キミが好きなんです!!
キミのために、ミランダのイノセンスを使って時空を歪めた!
なのにっ……そこまでしたのにっ!
神田は僕以外の人をっ……。
そんなの、嫌だっ!!」
「……アレン」
アレンは驚いた様子の神田に思い切り抱きつくと、
その唇にかみつくようなキスをする。
初めは黙ってアレンの好きにさせていた神田だったが、
そのうちその背中を優しく抱きしめ、
自らも積極的に舌を絡ませてくる。
「……んっ……ふぅっ……」
慣れ親しんだ唇。
心の底から望んでいた熱。
全てが愛しくてアレンは我を忘れてその口付けに酔いしれていた。
すると。
「……何……やってんの?!」
「……!……」
ドア口に佇み、ロストが二人を見つめていた。
その手はきつく握りしめられ、唇はショックに戦慄いている。
「……ロスト」
「酷いっ!酷いよ、アレンっ!
綺麗な顔も何もかも、僕に無いものを何でも持ってるのに、
僕の一番大切なものまで奪おうとするのっ?!」
神田は何も言わず、ただアレンを黙って見つめている。
「神田っ! どうしてこの間からアレンばっかり気にするの?
もう、僕のことなんて嫌いになっちゃった?!
やっぱりキミも綺麗な顔の方が好き?
……そうだよね。
あはは……やっぱり僕なんかより、そっちの方がいいんだ」
「ロストっ! ちがっ!」
神田の言葉を聞きもせず、ロストはその場から走り去る。
「……神田っ! 何やってるの! 追いかけなきゃ!!」
「お前は……それでいいのか?」
「…………」
今、この手を離してしまったら、
おそらく神田は二度と自分の元には戻ってこない。
このままこの手を離さなければ、
この人は多分このまま此処に留まってくれるに違いない……。
なら、いっそのこと、ロストからこのまま神田を奪ってしまえば……。
アレンの頭の中を良からぬ考えが駆け巡る。
本当ならそうしたい。
このまま神田の手を握ったまま、永久に放したくなどない。
……けど、本当にそれでいいの?
「神田……ロストを……追いかけて下さい……」
「………………」
神田は、何も言わずにそのままゆっくりと立ち上がると、
入り口に向かって歩き出す。
そして何か言いたげに途中で立ち止まったが、そのまま部屋を出ていった。
部屋の中に一人取り残され、
アレンは壁にもたれかかると、大きなため息を付く。
「結局こうなんだよね……」
所詮この世界は本当の自分のいるべき場所ではない。
そう再び思い知る。
このまま黙って二人を容認し、
自分は仲間の位置に甘んじているべきなのか。
それとも……ロストを不幸にしてでも
愛しい人の気持ちをとりもどすべきなのか。
「マナ……僕には今更そんなことできないよ」
アレンは養父を救えた事に、少なからず安堵感を覚えていた。
エクソシストとして戦うことに何ら抵抗はない。
自分が物心ついた頃から腕に宿していた醜い十字架がイノセンスだと言うのなら、
そうするのが自分の運命だと思えたからだ。
自分が捻じ曲げた人生で、今回マナをAKUMAに変えなかったとはいえ、
一度は過ちを犯した身である事に変わりはない。
ならばやはりAKUMAを壊して、
中に取り込まれた魂を救済するのは己の使命だと思う。
「そうだよ。
僕がマナにしたことは……マナをAKUMAにして、
壊してしまった事実は何も変わらないじゃないか?
じゃあ、あの子の額にあるペンタクルは僕が背負うべきものだし、
白い髪だって本当は僕がそうなるはずだったもの……
そして、神田の傍に居るのも、全部僕のはずだったんだよっ!」
今まで醜いと思えた白い髪も、額のペンタクルも、
全てが自分の証であることを思い知る。
神田が他の誰かを愛するなんてことはやはり絶対に許せない。
神田は自分だけのもの。
自分以外の人間が、彼に触れていいはずがない。
体裁を取り繕い、表面はいい仲間を装ったとしても、
その内は醜い嫉妬の炎で歪んでいる。
これから先、ロストとちゃんと付き合う自信など、もうとうない。
こんな自分本位で醜い自分を、神田が愛してくれるはずがないと思った。
神田を苦しめたくないだなんて、なんて身勝手ないい訳だったのだろう。
本当は自分が傷つくのが一番嫌だったのだ。
奇麗事で取り繕った自分が悪い。全部自分のせい…。
アレンは堪らずに大声で叫んだ。
「ミランダっ! 僕に返して!
僕に失った時間の全てを、過去の全てを返してっ!」
そう叫んだ瞬間、胸元の銀時計が鮮烈な緑色の光を放つ。
光はみるみるうちにアレンを包み込み、
その身体はあっという間に粒子となって空中に溶け込んでいった。
身体が巨大な時空に飲み込まれ、幾重にも歪む。
時計が刻む奇妙なメロディーに乗って、
アレンは時間をもといた方向へと逆に流されていった。
まるで全ての悪夢を塗り替えるかのように……。
《あとがき》
長らくお待たせしてしまいました。
ようやく夏の新刊の執筆が終わりまして、サイトをUPすることが出来ましたヽ(´ε`Ο)ノ
連載の続きになります〜〜〜〜(;´∀`)
一応少しだけ加筆修正致しましたw
本当はもっと別次元の神田と絡ませたかったんですが、
そうすると本物の神田の出番が少なくなるので、
今回はこの辺で;
さてさて、この次はいよいよ本物のダーリンの登場です!!ヾ(○^з^○)/
つづきも楽しみにしていらして下さいね〜ヽ(*'0'*)ツ
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